2014年06月28日

1人ひとりの人生に小夜子が居るかもしれない


自然と、自分自身のこれまでの人生を振り返る。

小夜子に出会うと、自分の生きてきた道筋を思い返す事になるのだ。それと同時に、これからの自分というものにも注目したくなる。



タロットの魔女」と呼ばれる小夜子に人が会いに行くのは、その人が人生のターニングポイントに立っているから。

小夜子はタロットカードというツールを通して助言をするが、決してその人に具体的な指示を出したりはしない。その人の持っているものを引き出し、自分で動くきっかけを与えてくれるのだ。「前進しよう」という思いになったその人は、自ら人生における決断をする事になる。



小夜子に会いに行く「その人」は、多種多様の人間である。時には、政財界の人間が小夜子のもとを訪れるという、その世界では誰もが一目置いている「タロットの魔女」。前篇、後編を読み進めると、実に様々な人たちの人生に出会う事になる。


「タロットの魔女」&「続・タロットの魔女」



小説を読むと、登場人物に自分の心が臨場しているかの様になる。自分自身が、色々な人生経験をするのに近い。心が動かされる小説というのは、そう言うものだと思う。



前篇である「タロットの魔女」に登場するのは、どちらかというと明るい世界に生きている人物が多かった。ただ、小夜子の生い立ちなどがミステリー調に描かれた場面が盛り込まれており、謎めいた雰囲気が漂っている。



後編の「続・タロットの魔女」になると、どこにでも居るような主婦が登場したり、行き当たりばったりという言葉がピッタリの若い女子、トレンディドラマに出て来そうなサラリーマンなど、前篇よりも更にバラエティに富んだ人々が登場するのだ。(友人のSと私も登場する・・・笑)

また、この世には出会いと別れがあるのだと、人との繋がりについて深く考えさせられる。

「こんな場面であなたと出会う事になるなんて!」と言うシーンが複数あるが、パターンは違う。再会が瞬時に喜びに結びつく事もあれば、再会した事に一瞬たじろいでしまう事だってあるのだ。

いずれの人物も小夜子に関わっており、それは良き出来事となって行く。



タロットの魔女」である小夜子自身にも、その人生には大きな別れと衝撃の出会いとがある。彼女は鑑定をしてもらいに来る人たちと、同じ人間なのである。小夜子の、いかにも人間らしい素行に触れると、私の心はほっとした。



人を幸せへと導く小夜子だが、小夜子ファンの私としては、本人にも幸せになって欲しい。小夜子の幸せな気持ちに、私も臨場したいのだ。
どのページも好きだが、「続・タロットの魔女」の最終7ページは、私が納得できる展開になっていて、とても満足している。



そう。小夜子にも、人生のターニングポイントがあって当然なのである。そして、最も手に入れたかった「幸せ」の確認ができた事は、私の気持ちを本当に穏やかにしてくれた。


「タロットの魔女」のサインと「続・タロットの魔女」のサイン:長谷川洋美先生より


私の気持ちにぴったりな、長谷川洋美先生のサイン。

タロットの魔女」にサインとして現れた猫は、優しいほほ笑み。
続・タロットの魔女」にサインとして現れた猫は、今が幸せという笑顔。



2冊の本を改めて手にとり、こんな風に思った。
今の私がこんなに幸せなのは、今の私に必要な人たちと繋がっているからなのだと。

そして、小夜子が他の誰とも同じ一人の人であるように、誰もが誰かの小夜子になり得るのではないかと。

幸せになるために生きようと、毎日を真剣に過ごしていれば、小夜子の居る世界に私たちも生きる事が出来ると思ったのだ。



posted by yoshikachan at 12:46| 小夜子は「タロットの魔女」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月16日

幸せの種に問いかけるのは小夜子(その世界では彼女を「タロットの魔女」と呼んだ。)



人は誰でも、「幸せになる」ために、
生まれてくるのです。




満足感・・・。


楽しみにしていた「続・タロットの魔女」は、きちんとテーブルの上で本を開き、背筋を伸ばしてイスに腰掛けて読み始めた。
毎日のようにパソコンに向かっている生活をしていると、本を読む時間は至福のひととき。デジタルではなく、アナログ。

集中してその世界に浸り、読了した後には、再度お気に入りのシーンをパラパラとめくり直す。
特別に気に入った数行には、何度も何度も目を走らせる。
そしていつもの事だが、目頭が熱くなる。


本に話しかけるように、
「うん。満足。」
――――と、ひとり言をつぶやき、深いため息をつく。

「タロットの魔女」と「続・タロットの魔女」


私のため息は、心が満たされて安堵感のようなものでいっぱいな時に出る。それは、子供の頃からの癖のようなもの。

両親には心配されて、「どうしたの?芳香ちゃん。深いため息なんかついちゃって。」と、そのたびに聞かれたが、その気持ちを説明することはできなかった。

小学校に上がるまでは、ちゃん付けで親に名前を呼ばれていた私。遠い昔の子供時代を振り返ると、両親の愛は大きかったのだと、それが当り前として育った私は幸せ者であることを認識する。

たった今、両親に「どうしたの?」と聞かれれば、「幸せで、満足しているんだ。」と、ため息の理由を答えられるのだが。(現実的には、恥ずかしくて言えるはずもない。)



本を選ぶときには、大抵レビュー(他の人の感想)を参考にするか、新刊案内のカテゴリで本の帯に書かれる内容を参考にする事が多い。

ただ、"後編"とか"続編"というスタンスの本の場合は、読みたい理由が単純明快なのだ。このストーリーの、続きを読みたい。純粋にそう思って、手に入れた続編の本を読み始めるに決まっている。

だから「続・タロットの魔女」は、あえてテーブル席で読んだのだった。ソファーでくつろぎながらの読書、就寝前の枕元での読書、電車やどこかの待合室での読書。どのスタイルも、好きだ。

でも、私の中の小夜子の世界に対する意気込みは、相当なものだった。テーブルとイスというセットは、私を一番疲れさせない体勢だから、あえてそうした。



昨年の秋に、爆弾発言を残して立ち去った長谷川洋美先生だったが、そのシーンにとても満足した。おそらく、他の読者にはその意味は分からないだろう。

しいて言えば、この登場人物に固有名詞は必要なのか、と思う人はいるかもしれない。私にとっては、長谷川先生の愛を感じるひとコマに仕上がっていた。



そしてもっとも感動した場面は、たったいま目を通してみても、目頭が熱くなる。サラリと、その場面は展開した。

前篇である「タロットの魔女」の中で、私の気がかりだった2人の関係。
この名場面は、ページのくぎりも絶妙だった。2人の会話は、2ページにまたがっている。

それに、このシーンの余韻に浸りながら、締めくくりを噛みしめられるのがとても嬉しかった。


 ***  ***  ***  ***


その世界では「タロットの魔女」と呼ばれる小夜子に、心の内にあるものを持ってくるクライアント。小夜子は、クライアントの相談内容を「幸せの種」だと言う。つまり、苦悩や悩み、不安などが、実は「幸せの種」なのだと。

種をどう育てるべきなのか、自分には分からない事もあるだろう。なぜこの種を自分が持っているのかさえ、分からない場合もあるだろう。

だから、小夜子は聴くのだ。

「今日は、どのようなことを占いますか?」

そして皆、これからの自分の人生を、本気で生きて行く。
幸せになるために。


「続・タロットの魔女」の帯(表)


今宵も魔女の言葉を求めて幸せの種を抱いた、
迷える子羊がやってくる。





posted by yoshikachan at 16:08| 続編でも健在の小夜子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月08日

小夜子を生み出した長谷川先生の虜になった11才の姪


「面白かったです♪」

「一気に読んじゃいました!」

「はい、楽しみにしています。」

 ***  ***  ***  ***

まさか、長谷川洋美先生と直に話が出来るとは思っていなかったのだろう。

終話した様子の先生から手渡されたスマホの向こうで、姪の声がはずんでいた。あこがれの長谷川先生に直接「タロットの魔女」の感想を言えることになろうとは、夢にも思っていなかったはず。小学生の姪はいつもの調子で、元気にしている?と、私に電話をしてきたのだった。

私だって、夢のよう。

片田舎にある我が家に、長谷川先生が来てくれるなんて、信じられない事実。たった今、姪のために用意した「タロットの魔女」に、先生がサインを入れてくれたばかり。その矢先にかかってきた電話の主が、姪だった。

「タロットの魔女」著者の長谷川洋美先生に入れてもらったサイン



本が無くては生きられない姪は、夏休みなどの休暇を利用して我が家に来ると、外出をする以外はほとんど読書に没頭する。

湘南の海に近いという場所柄、夫にサーフィンを教えてもらうなど、活発な面も持ち合わせるが、読書に勝る趣味は無さそうだ。



昨年の夏休みにも新幹線に乗り、仙台から1週間ほどの滞在予定で、姪は遊びに来た。ある日の午前中、自分で持って来たぶ厚い本は読み切ってしまい、新幹線の中で読むために持参したらしき文庫本のページをめくり始めた。どうやら、母親が読んでいる自己啓発本を、暇つぶし用に持ってきた様子。



小学6年の姪には難し過ぎるかもしれないと迷っていたが、「タロットの魔女」を差し出してみた。今手に持っている「人付き合いのコツ」的な、コミュニケーションスキルをマニュアル化したような本よりも、コチラの方が明らかに面白いはず。

真剣に「タロットの魔女」を読む姪

姪は、話しかけても返事が無いほどに、すぐに本の世界に入っていた。
数時間で読み終えた「タロットの魔女」を、午後の外出から帰宅したあとにも、再び読み返す。おそらく、仙台に帰るまでの滞在中に、最低3回は読んだだろう。

姪は、私が思っていた以上に、「タロットの魔女」を楽しんでいた。



長谷川洋美先生と一緒に写っている、友人のSと私の写真を姪に見せてみた。銀座で、食事会をした時の写真。先生と、私たちよ。


「へえ。長谷川先生、きれいだね。」


長谷川先生の作品である本は、お気に入りの一冊になったようだ。それと同時に、著者である先生の素顔を見て、急に親近感がわいてきた様子だった。



その様子を見て、姪にも1冊「タロットの魔女」を買ってあげようと、思ったのだった。



秋になり、台風の季節が過ぎると、長谷川先生は鎌倉まで足を運んでくれた。春先に銀座で開催した、ランチ会以来の再会。先生は、Sと私が毎月会って食事を楽しんでいる事を知り、遠路はるばる来てくれたのだ。

そして、小夜子のように優しくSと私の話しを聴き、常に適切な対応をしてくれる。そうかと思えば、強烈な武勇伝を話してくれて、私たちは呼吸困難になるくらい笑い転げた。話が尽きず、ついには我が家にまで来てくれて、ミラクルなタイミングに電話をしてきた姪にも対応してくれた。



長谷川先生に、お見せするのを忘れたメモがある。昨年の夏休みに来た姪が、仙台に帰る直前に「振り返ろう。」と言って、書き出したメモ。

「タロットの魔女」ストーリーの骨格メモ

タロットの魔女」を読みこんだ人にしか、このメモの意味は分からない。そして、姪がいかに小夜子の存在に注目しているのかが、このメモには表れている。

 ***  ***  ***  ***

「次の、続・タロットの魔女も読んでね♪」

長谷川先生が、姪に伝えた言葉。



そう。
先生は、「続・タロットの魔女」を書き上げたのだ。

そして先生は、Sと私に爆弾発言を残して帰って行った。



posted by yoshikachan at 12:37| 小夜子を生みだした長谷川洋美先生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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