2014年07月12日

私も「タロットの魔女」の主人公・小夜子になれるだろうか


その世界では、彼女を「タロットの魔女」と呼んだ。

「タロットの魔女」と「続・タロットの魔女」 著:長谷川洋美

主人公である小夜子は、自分の事を魔女だとは思っていない。
彼女に出会って幸せになった者たちが、彼女につけたニックネームである。



「魔女」とは、どんな女性のことを言うだろうか。
あなたは、「魔女」をどんな風にイメージするだろうか。



最近の流行言葉に、「美魔女」というのがある。
都合の良い使い方が出来る、あやふやなニュアンスの言葉だと思う。私は、「美魔女」というワードが好きである。「美」という文字も好きだし、「魔女」という少し怪しげな単語もお気に入りだ。

私がイメージする「美魔女」は、魔法を使うかのように、人には無い特別なものを持っているというような女性。



以前見つけた「美魔女」の定義のようなものには、次のように書いてあった。

35歳以上の実年齢に見えない才色兼備の女性


才色兼備・・・。
そんな恰好の良い女性を目指そうとはあまり思わないが、なんとなく「美魔女」には憧れる。



話しが反れたが、小夜子には「タロットの魔女」という呼び名が付けられた。怪しげな人物なのかと思いきや、小夜子は関わった人物を幸せへといざなう女性であり、しかもプライベートの小夜子は何とも無邪気なのだ。

人は皆、日々の生活の中で、自分以外の人間に少なからず影響を与えながら生きていると思う。それは、自分が意識しようとしまいと、まわりに伝わる波及のようなものにも思う。どうせなら、人を幸せにする影響力を身につけたい。



またもや、よこ道にそれるが・・・。
「魔女」と呼ばれる主人公は、わりと身近に存在する。

少し古めかしいが、“奥さまは魔女”のサマンサ。
子供たちも大好きな、“魔女の宅急便”のキキ。


「魔女」ではないが、テレビアニメでも、魔法使いが主人公となっているストーリーがある。昔懐かしいものばかりだが、当時は魔法を使える女の子が大流行した。先駆けとなった作品は、「魔法使いサリー」のようだ。

思いつくものを挙げてみると、魔法使いサリー ・ 魔女っ子メグちゃん ・ ふしぎなメルモ(ミラクルキャンディーを持っている)・ひみつのアッコちゃん(魔法のコンパクトを持っている)などなど。かなり、年代がばれること、間違い無し。(汗)



ちなみに、私は小夜子の生みの親を知っているので、人物像は固まっている。

作家が作る作品には、作者の姿が投影されることが良くあるらしい。作者がそうしようと思わなくても、作品に作者が表れるのだそうだ。例えば、絵の作家の場合、何気なく描かれる人物の全体的な雰囲気は、作者本人に良く似ているというもの。

だから、最初に「タロットの魔女」を読んだ時は、「小夜子に会いたい!」と思うのと同時に、「長谷川洋美先生に会いたい!!」と、思ったのだ。



実際、長谷川先生は、いつでもどこでも、すぐに小夜子に変貌する。

鎌倉七里ヶ浜の「リストランテ・アマルフィイ」

私の親友Sが、小夜子に占ってもらっている光景はよく目にする。(笑)



人が、人に与える良い影響。
なんて、素晴らしいことだろう。
そして、良い影響の中で生まれる、人と人との繋がり。



私が長谷川洋美先生に再会できたのは、Sのおかげだ。
Sの人望が無ければ、有り得ない再会だった。



このような事を、一昨年には全く予期するはずもなかった。
という事は、これから先にも、今は予期せぬ良い出来事が待っているに違いない。もしも、自分ではどうする事も出来ない「幸せの種」を抱えてしまったら、小夜子に会いに行こう。小夜子は、目の前に居る事もあれば、自分自身の中に居る事もあるだろう。



そして私自身も、友にとっての小夜子でありたいと願う。



posted by yoshikachan at 11:29| あなたの友人「小夜子」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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